縄跳び、紐の緑

BGM
ブログのスキンを変える。ドクトァーペッパーが飲みたくなる爽快でヌけるデザインだ。キッチュで廃墟だ。作られて久しいデザインは廃墟の心地よさがある。
今日は何もしていない。居間のソファでねっ転がってテレビを見続ける。
暖房に熱くされるのが好きな実母も同じスケジュールのようだった。いつターキーになるかと期待する。
モラトリアムという言葉が最近聞かれない。アメリカのtake your timeという概念は、ゆとりのことだろうか。アメリカにはこの、せかさない、という美徳があった。だからいつもそこらで行列ができ、もったりしている。
当然、仕事しなければいけない。わりと重要なお金が無いから。超欠乏。
アメリカ人がネーミングするとそうなりそうな状況だ。
ということで日雇い派遣みたいなのに登録しているのだが
自分は携帯メールアドレスを変えたので、仕事の案内メールの贈り先
を変えて貰えるよう立川の事務所のカウンターまで
昨日の夜、躍り込んだ。
小林ネンジの「炎の警備員」の再放送を実母と平行に横たわり
リビングで観賞した後だったためか、妙なテンションでおかしな
足取りでそのカウンターに向かった。
あのドラマには、抗えない人を社会に向かわせるパワーがある。逆バージョン腐ったミカンなストーリー。
腑に落ちない。ヤクザに脅されて言いなりになってしまうような、
無理やりケツのあなを犯され、従順になってしまったうような
自我に出血をともなった歩き方だった。
SPA!によればアナニ―が流行っているそうだ。
カウンターは半年ぶりだった。
キャストカウンターと呼ぼう。
アドレス変更の届けを出したらばすぐあくる日、つまり今日の仕事を
得られると思っていた。引越しでもいいか、疲れるしけがもするし取り分も少ない。
渋谷道玄坂の大人のおもちゃ屋の店番もいいけど採用まで時間がかかりそう、
できたら月末までに少し金を作りたい。
道玄坂のその仕事はどうやら拘束時間と出勤日が長いところが自分にはデメリットだ。
個人的にどんなバイトでも結局デメリットが8割だ。それを知っているが覚悟にいたらない。
結局昨日立川のキャストカウンターでは仕事を得られなかった。
犯されたばっかのような足取りでうっかり、その場しのぎのデメリットのあるバイト
をしなくて済んだことには、安堵もある。しかし犯されたい願望も微塵はあるのだろう、
そこが気持ち悪い。ギコチない。ファシズムのことをぼんやり思う。
まあどうしようかといったところ。
最終的に何とかまとまると無責任に思う。
なんで、仕事ゲットならずだったか、というと
キャストが大量にいたから、時間切れになったということだった。
金曜日は、週の最後の支払い可能日で、
それぞれの現場にいっていたキャストさん達が
仕事終了後、給料をもらいに帰ってきていたのだった。
そこにアドレス変更だとかついでに仕事紹介だとか手間のかかる要求が入る余地がなかった。
感動的に驚いたのは、就労者の多さだった。増えた。激増だった。
待合スペースの椅子が大量に買いたされていた。しかもおしゃれな椅子を。
はたして社会が沈むとボトムは潤うのか、そんな錯覚を生んだ。
就労者達は若者が増え、彼ら自身の身なりも良くなっていた。
半年でここまでかわるか?、とおもった。
血色が、肉付きが、平均的に肥えていた、貧乏肥えにも見えない。
正月太り?
あっけにとられつつもキャストさんたちの顔を観察する。
やはり、みな元気づいている。相変わらず卑屈さや、肉体労働後特有のむくみや充血は見られるが。
カウンターのスタッフも増員されていた。やはり一様に身なりが良くなっている。それとみんな良い人そうだ。
しかしなぜ入口に対面する形で全オフィススタッフが同じ向きで仕事しているのか。
消費者金融の窓口みたいだ。
最終的に就業時間を終え片づけはじめるスタッフにアドレス変更はネットで出来るからと
あしらわれた。
そんな仕組みはとっくに忘れていた。
忘れられるようなシステムのくせに忘れたものに冷たい、
そのあたりに違和感、異物感を感じやはり
犯されなくてよかったのだと思った。
つまりかれらも踊らされている。受け皿に無自覚な感覚に。
今から深夜のコンビニにドクターペッパーを求めに行こうとおもう。
やはりそれほど好きでもないことに顔を突っ込むべきではないのだ。
高校の同級生が大学の恩師を殺めた事件は去年のこと。
週刊誌が片づけられない部屋で見つかり、最初なんでその週刊誌を買ったのか
ピンとこなかった。が、見つけて無造作にめくると
彼の顔写真があった。
正確にいうと隣のクラスだった。
研究するべき事件なのかもしれない。
かれのナイーブさや「個人的すぎる」思考は
他人ごとではない。
個人的な作品であるといわれる作家の自分も
同じ空気を吸い高校3年間を過ごした点で
ルーツについてほぼ同一だったのではないかとおもう。
同じ事件でも食品偽装は、遠い事件に感じられる。
アルバイト先で同じような光景を実際に見た体験があるにしても。
一方で、彼は他人だが、他人ごとで終わらせたくない感情が湧く。
母校のことをおもうと、やはり不穏な空気がなかったといったら嘘だ。
むしろ自分のほうが事件を犯すような傾向があったのではないか。
虚無と自我があって、希望らしきものは何となく漂い、絶望の臭みも漂う。
新宿の華やかに交じってドブの臭みに気づくみたいなものか、いや何か違う。
深くそのことを掘ることは怖い。
が掘るべきだろうか、いったんつまらない嘘があれば
台無しになるんじゃないかと思う。
誤解を招きたくない。
「自分が作ったものしか良いと思えない」
状態が好ましいからだ。
ナイーブであること、竹林、縄跳びのビニール縄、
簡単には開けてはいけないのだ。
しかしやるべきことは自分の周辺にあるのだ。
町田コウの作品や歌は、なぜか無関係ではない気がする。
「名前の歌」はそのころの記憶を刺激するようだ。名前が沢山呼ばれる状況って高校だよなあ。
ハイチの地震はビジュアル的にしか入ってこないが引っかかるものがある。
映り込むハイチの人のシルエットが引っかかる。
ベトナムやイラクの戦争の写真にはないインパクトがある。
関係なく、結構前におんぶにだっこのくせに言うことだけは言う大学助手に世捨て人だと言われたことを思い出す。これだけ世の中に沿って生きているのに!
たしかに捨てるものを認識しなきゃ捨てられない。
その点でわかってるね。
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by wasurerare | 2010-01-16 22:50 | Ikoi_Girl__憩娘
Tomoaki Shibata, Artist from Japan is owner of this home page since 2006.Tomoaki runs own 2 home page. Another is main act. This act: news&blog Another:main.. http://wasurerare.jimdo.com/
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