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今日は雨。
島は、何もない。
これは、大学卒業後2年くらいまでの下宿時代を思い出させる。
深夜にラーメン屋に食べに行くのとバイトに行くの以外は、畑の中の長屋の下宿兼スタジオにこもる。
その下宿を出ると実家にもどってしまうのだが、実家の環境は制作には百害あって一利なしだった。
最近でも知人の笠原君は家を出ろという。
一理あった。
作家は本来24時間作家であるべきだが、他者と生活するとなると、営業の仕事のようにへこへこしなくてはいけない。実家にいたら24時間接客バイトのようなものだ。もしくは駅前のスナックだ。
それらは本来気晴らしのために機能するものだ。
共同アトリエを構えるにいたったが、使い方が難しい。
共同運営者に作家は主張するものだという主張のもと主張されても生活のリズムというものがある。
無理のための無理をしなくてはいけない場面が多々ある。
制作を煮詰めていく生活の中で生活圏内の他者との関係が全く難しい。
自分がとことん性格の悪い作家だったら、自分のペースで周囲を巻き込み主張を通すことだけ考えていればいいがそうもいかない。
他者がいると集中できない。気が散ってしまう。
きっといい人なんだろう。

昨日デジカメの写真の整理をしていた。ロスのチカノの展覧会のレセプション風景。
チカノのバンド演奏の映像が混ざっていた。
彼らの気迫は独特だ。それでいて楽天的だ。
昨日、人にBusterという英語の訳について訊かれた。
”やっつけろ”という意味?
と言われたが、ついスルーしてしまった。
というのもそれほど可愛い語感じゃない。

一つの概念に対してでさえ”やっつける”にあらわれるように日本語は抽象的なものを擬人化することが多い。
やっつけるというのは取っ組み合いとか相撲や戦争で勝利することでそこには相手のキャラクターを尊重する上での自らの勝利の崇高さをたたえる心理がある、気がする。
英語って結構ひどくて、シットとかサノバビッチとか、他者の人間を物体とか程度の低い動物に置き換える。
そこには感情次第で他者を人間として扱わなくてもいいという英語的心理があるんじゃないだろうか。
英語圏内では主観にもそこにはきっと神様が共にいるからであろう。
プロレスのブレーンバスターという技がある。
脳みそをやっつけろと言わない。
むしろくそ脳みそぐちゃぐちゃに吹っ飛ばしてやるぜクソがミンチにしてやる、といったニュアンスに近い気がする。相手のその後に対してのフォローはない。
それに見合う短い日本語が見つからないのが不思議だ。
アニミズムと一神教の文明の違いだろうか。
やっつけるに垣間見る競争意識に対して、バスターに見られる何か。
はたしてどちらが浅ましくどちらが優雅だろうか?
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by wasurerare | 2010-10-21 09:43 | Ikoi_Girl__憩娘
Tomoaki Shibata, Artist from Japan is owner of this home page since 2006.Tomoaki runs own 2 home page. Another is main act. This act: news&blog Another:main.. http://wasurerare.jimdo.com/
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