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blog ikoi girl報告書 2010 October 29th

活動の一環である、ワークショップの準備をしています。
その材料である生徒達が用いる分の“竹紙”をここのところつくっています。
コンクリートの地面をまな板にし、ビニールで包んだ竹の繊維塊にラバーマレット(ゴム製のハンマー)を何度となく叩きつける工程により、竹の繊維をほぐしています。
次に00でさらに繊維の結合を緩め微分し漂白していく工程がなされます。
この方法は7月7日以来手探りで開発してきた“暫定的オリジナル竹紙製造方法”です。
竹の繊維の塊にラバーマレットを叩きつける工程は非常に根気のいるエンドレスに感じられる仕事です。
日々、手の平から血豆がなくなりません。
実感として、竹の組織は強固で、強靭です。
促進のためにマレットと竹塊の間に、厨房で使用される大きくて固く重い鉄製の肉たたきをあてるなどの工夫がなされます。
この肉たたきは、「竹を潰すのに使え」と一連の開発を見守っていた人が貸してくれたものです。
最初の頃は楡(にれ)で作られた木槌を使いました。
持ってきてくれた応援してくれる人から借り、バンバンたたいていました。
やがて木槌は壊れました。
石をまな板にしていましたが、おじさんが石臼を貸してくれました。
業務用ミンチ製造マシンを竹繊維の微分化のために使ってみるよう言われました。
機械は大破しました。
安易に機械の使用を試みるのは竹の強靭さの前には不毛でした。
夏の間、毎日、日の出から日没まで、カンカン照りの猛暑の中、路地での作業でした。
野次馬は大体応援者になってくれました。
毎日ジュースやパン、梨やゼリーを持ってくる老婆もいました。
よほど大変そうだったのでしょうか。
「あるものを使うしかない」開発の中では、そうやって道具の変遷を経てきました。
毎日のように竹を煮なくてはいけない工程があり、薪が不足してしまったら、応援してくれる地域の生活されている方達が手配してくれ、最近空き家になってしまった家から、蓄えられている使わなくなった薪をいただけることになりました。
使い過ぎて五徳が壊れたら漁師さんが針金で修繕してくれました。
私は7月7日に地域の活性化を目指し、この竹紙(ちくし)の製造方法を開発する約束で来島し、紆余曲折ありましたが、このように地域の方々の「想い」で何とか出来ました。
白くて厚い丈夫な手漉き和紙を作れるようになりました。
品の良い紙です。
今後継続可能ならば、品質と効率の水準を底上げするような環境の整備と技法の発見、竹に限らずこの活動の延長線上にある面白そうな可能性を垣間見る機会を期待しています。
具体的な環境の整備とは、そのための工房を構えることです。
そこには電気や竹繊維を微分するのにより適した新しい装置を備えなければなりません。
留意事項があります。
これは“暫定的オリジナル製造方法”です。
一方でこれとは別に竹紙(ちくし)と呼ばれる紙自体は昔からあるものです。
竹紙は建築材として襖などに古くから使われ、書や水墨に愛用する作家も少なからずいると聞きます。
またこれとも別口で最近ではNPOがタイで作られた素朴で原始的な竹の紙を流通させているそうです。
おおもとは同じですが、今回開発したものとそれらをいわゆる“別物”と認識していただけると誤解や混乱が少ないかと思います。
中国には大量の竹を漬け込む、まるごと竹紙専用の池があるといいます。
見学に行った手すき和紙工房でも竹を含んだ版画用紙が売られていました。
それは竹パルプと呼ばれるものを一部使ったものでした。
実際にはわかりませんがパルプというのは現代の洋紙の原料のことだと思ってしまいます。
工場で、酸性の薬品と高熱で一気に炊き上げ粉々にされたものを連想します。
インターネットで調べると伝統的に正等そうな(?)竹紙の製造方法もあるそうです。
それは何度も焚いて冷ますというのを繰り返します。
そうするとつるつるの紙が出来るのだそうです。
しかし、それをすると時間、手間、莫大な燃料が必要です。
観念が捨て去る”何か”の中にこそ私のすべき新しい活動の基軸がある気がしています。
私の立ち位置を考えて、観念化されたものを目指す意味や必要が果たしてあるでしょうか。
個人的には追随することは憂鬱です。
余暇に、何気なく、軽く、なんだか面白そうだ、といった姿勢で出来ることに参加し携われる範囲だから、これが惹きつける活動になり、社会的に有意義なものに成りうるのではないでしょうか。
クオリティーをハイエンドまで上げるのが悪いのではありません。
それは活動の無理のない延長線上にあくまで偶発的にあればいいのだと思っています。
イメージでいいますが、同じ路線で文化大革命前の中国の職人の上を目指すというのであれば即刻戦意喪失です。
失敗すると殺されるような土俵に上がりたくありません。
土俵に上がると心構えができるのでしょうか?
幸い今回の活動で現代ならではの00というものが、他と比較するとかなり簡単な竹紙製造方法と、和紙としてかなり高いレベルの成果物を実現しました。
さて、私は作家ですので竹紙を活かした作品の制作をし、展示しています。
竹紙を支持体にした絵の作品に取り組みました。
支持体としての紙の本質的な長所を導き出すためには真面目に絵を制作しなくてはいけません。
名作が生まれて初めて名支持体の証明ができるという主張です。
プロジェクトのオーガナイザー陣は多少残念に思っているかもしれません。
紙を作った功績が素晴らしいから、余計なことをせず、それだけ展示したら良いといった視点です。
私は絵の作家なので、フリーターではあっても、サラリーマンではありません。
サラリーという普遍的なものではなく、意思を優先させるのが作家のアイデンテティーです。
もっというなら、どうせ命がけなら俄然、絵の方です。
とはいえ、今回竹紙開発に費やした命の比重の重さについて考えるとかなり長時間「捨て身」で「体を張った」ことは事実でその「消耗」を否定されることは恐らくないでしょう。
展覧会会期中、作業場をスタジオも兼ねた、作品の展示会場としても使用しています。
作家の制作に向ける神経というのは商売道具ですが案外、頼りないものです。
さらに切れた神経を、再構築するのに必要なエネルギーは莫大です。
人によるんでしょうか?
アーティストは信用できない、自分勝手、利己的だ、個性的過ぎるといった概念があるようです、これが諸所で的確な説明なら、恐らくこのアーティスト達の態度の悪さは神経の分断に対する恐怖心故で“一生懸命”である可能性が高いでしょう。
感情としても実益的にも態度の悪い人間を弁護したくはありません。
しかし、作家たちの皮膚感覚はその類のリスクに非常敏感でなければなりません。
過労死という単語が定着して初めて社会が人間をいたわり始めた部分があると思います。
私はこの作家特有の人権のかたちに対する理解もジェンダーやアルハラ位に世に促せられたら良いのにと割と長いことフリーターをしながら思っています。
開発だけにとどまらなかった理由はこういうことです。
つまり、紙の開発をしている間は絵を描けません。
なぜなら両方とも片手間でやるべきものではないからです。
故に紙を作ることでブランクを作り、私の絵の制作が将来に持つ可能性が壊死する大きな、そして見えづらい危険がすれすれまで差し迫っていたという背景があったということです。
もしかしたらそれは思い過ごしかもしれませんが。
展覧会会場の、作業場では制作が発展していくので、オープンスタジオのような形で公開されているのが実態です。
作業場は所有者の提案によって使用させてもらうことになりました。
所有者は元大工の棟梁です。
作業場は事務所の小屋がついています。
普段通りそこで生活があります。
バイクやじょうろが出し入れされます。
木があると見栄えが良いと植木を添えてくれました。
会場スペースも展覧会のために“設営”されました。
屋外のため、雨風を防ぐため丸太の足場を組み、張られたブルーシートの天井および壁面からなる“青い部屋”。
しっとりと乱反射する天井のブルーシートを透過した青い自然光が雲の動きや日の高さで揺らぎます。
隣の家のラジオや物音、上空を飛ぶヘリや飛行機の音、静かな“島の音”がシートのフィルターを通し、鋭さと同時に鈍く籠もります。
風をはらみ、ブルーシートの壁が蠢きます。
“島の”の青い空間は、伝えたかった一つの島であると私は享受しました。
 人生の先輩であり島に根ざした生活者である氏のクリエイターとしてのキャラクターとの“和”が、展示の質に+(プラス)にフュージョン(融けている)している点は、“時代”からは見落とされがちですが非常に高等なニュアンスとして評価されるべきものです。
なぜならその稀有さは、場が、提供されるのでもなく、借りるのでもなく、生活している所有者と半自発的にシェア(共有)されているということが証明しているからです。
 そう思いたいです。
 会場の件もそうですが、地域のサポーター(応援者たち)からは差し入れがありました。食べ物も洋服も。
 私は“島の孫”になりました。
 作品がどうのとか、竹紙がどうのという以前に、超少子化、超高齢化の進行する島に滞在し、佇むだけで路地をフレッシュにする存在として迎えられ、過ごしました。
 それに成果が驚くほど評価されました。きっと期待値が低かったのだろうなと思います。
 地域の協力の底に「重い想い」を感じました。今後活動を継続し、進展し、作家として恩返しをしていきます。
唐突ですが、竹でクリスマスツリーを作るワークショップの提案はいかがでしょうか。
 それも竹を介し七夕とクリスマスの境界を溶かし無理やり類型化する形で。
 竹の繊維の塊を子供たちが糊で固めて幹や枝を作り、作家たちが組み立てる、多くの島民たちの願いを込めたメッセージやらプレゼントして欲しいものやらを書いた、竹紙の短冊を無造作につるし、ツリーの天辺にスターをぶっ刺し、電飾や雪に見立てたデコレーションを施す。クラッカーなどをパーティーのようにブチまけ、絡ませる。ラジカセから「主は来ませり」と盆踊りの節を同時に再生する。それからケータリングのパン屋の曲も絡ませても良い。
 そのくらい混沌としたほうが島のアンビバレントな気持ちや感情をストレートに代弁できるのではないでしょうか?(しなくてもいいかもしれませんが。)
 七夕は天の川を隔てた再会の神話です。
 多くは進学もしくは就職して、島を出て行くでしょう。
彼ら彼女らは再会できるでしょうか。
 お盆に島に戻ってきた人達が再開しあちこちで泣きながら抱き合っていました。
 眩しかったです。維持する人間が消え、物質的にも精神的にも記憶の風化が進み、再会が待っている故郷すら帰りたくないほどの惨状になる。
寂しいことですがそのようになる確率は非常に高いのではないでしょうか。

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by wasurerare | 2010-10-29 21:15 | Ikoi_Girl__憩娘
Tomoaki Shibata, Artist from Japan is owner of this home page since 2006.Tomoaki runs own 2 home page. Another is main act. This act: news&blog Another:main.. http://wasurerare.jimdo.com/
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