ふりかえる

本島に行ったのは七月、七夕。
それから2カ月の滞在予定が伸び、11月まで本島に居ました。
レジデンス活動は私にとって初体験でした。
竹紙を作ったのは、アルテさんから「島内の邪魔に生えている竹を有効利用できないか」といった、相談を受けたからです。
そもそもわたしは絵描きです、当初絵描きとしての参加を提案させてもらったところ、アルテさんでやりたいこととは一致ししていなかったようで結果、竹紙を作成する人間として参加する条件で招聘される運びになりました。つまり、私はレジデンスといった活動に興味があったので頑張って参加を決めました。
竹紙を作る。私は来島までの時間、あちこちに足をのばし、竹紙を作るための知識を蓄えるため苦労しました。紙漉き和紙のワークショップの職人に話を訊いたり、千葉で林業で働いている友人がやはり竹で紙を作るというので下ごしらえを手伝いにいった。アルバイト生活の合間を縫っておこなわれたことです。
近所に住む幼馴染がNPOで竹に関するワークショップを受け、紙を作るということをすでに耳に入れていた。それに加え、その時点で美大の日本画学科出身の私は、卒業までのあいだ、和紙漉きゼミなるものを数回体験していた。
こういった経緯なので竹から紙をつくれるという確信とイメージは容易に着いていた。
今にして思えばアルテさんはこのとき半信半疑であったのだろうなといった印象があります。
それから私は私は私なりの竹紙を作る、そう了承をアルテさんからいただいたのを覚えています。
つまり、紙つくりに正式な方法があるのかどうかも知らないのですが、原理として、竹の繊維を取り出し、漉ければ紙の完成、そう認識していました。アルテさんは達成できるのか半信半疑な面持ちに見えたのを覚えています。しかし、悔いるべき点があるとすれば初めに何をするのか絶対的な取り決めをするべきだった。何がそう問題なのかというと、この自分なりの紙を作れれば良いという私の認識とアルテさんの意向がレジデンス終了時では大きく温度差が生じてしまったことでしょう。原因は曖昧さにあります。終了時、そして現在に至るまでアルテさんの要求は贅沢なものになって行きました。はじめ言われていたのは、竹紙つくりなるものが本島で産業に将来なるとすればその基盤を作るといったものでしたが、もはやいまでは中国の古くからあるとされる竹紙(ちくし)と全く同じものを要求されるまでになりました。柔軟であることのための曖昧さを残すことの意義は大切でしょうが、ある意味では口を開くたびに違うことを言っても良いということの理不尽さはエゴで他者を拘束したりその人物の人生や作家であればその方針を大胆すぎる形で侵食破壊するようなものではないでしょうか。物は言いようで「刺激」だといえばカタはつくのでしょうが、やはり何かが欠如していたがためのグダグダは始終あった気がします。それが島の気質といってしまえばそれまでなのですが。

それでも意義深かったのは紙はつくれるのだという証明ができたということです。十分な下ごしらえが時間かけれなかったもので現地の孟宗竹は紙作りにおいて決して楽なコンデションではなかった。
そこを試行錯誤し手探りで作っていきました。どんな文献でも十分に時間をかけて竹を腐らせる説明があるのでしょうが今回のケースでは腐敗が十分ではなかった。それでも暫定的にレジデンス期間中に何かの成果を上げなければいけないということだった。要するに私はがんばった。体力を使い切った。硬いのをおろし金ですったり、何週間も日がな一日とんかちで竹をどつきつづけたりした。そこの感謝されるべき点が曖昧な評価になったのは私の献身的過ぎる態度ゆえでしょう。要求にこたえることで出来上がる紙の質が向上するのは良いことだとおもうのですが、そこは私は街の電気屋でもなければ職人でもない、アーティストです。どこまで自分を維持するのか、そこの境界線を手探りできたのは収穫ではあったように思える。島民達はその様を始終見ていて、応援してくれた。作業は真夏の炎天下で行われた。もし大手企業で仕事でそんなことをしていたら問題になることであったが、そこは作家が好きでやっているのだということを条件にクリアできる、そういった作家という存在の都合の良さは私個人ではもう封印しようかな思うくらいがんばりました。島の人たちは、アルテさんの働きかけもあり、サポートしてくれました。そんな炎天下の私に毎日差し入れの飲み物やジュースを運んできてくれたり、竹を煮崩す燃料や什器の提供など、一丸となるような島の住民のサポートを引き出したことの評価は、決して低いものではないでしょう。紙つくりに苦闘し着手するという目的を軸にした私の生活と地域の私やアルテさんへのアプローチ、この評価されるべき意義深さが少しでも伝えられたらこの報告書の意義があるというものです。


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by wasurerare | 2011-02-22 22:12 | Ikoi_Girl__憩娘
Tomoaki Shibata, Artist from Japan is owner of this home page since 2006.Tomoaki runs own 2 home page. Another is main act. This act: news&blog Another:main.. http://wasurerare.jimdo.com/
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