2010年 11月 15日
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私はポストポピュラリティーなアートはシンプルで豊穣でプリミティブならいいのにと思慮している。誤解を憎みながらアートの頂きに登っている最中だ。
アートの発展はそれまでのアートの潮流にピリオドを打つことで始まる。ピリオドを打つテロリストはクーンズやウォーホールのように時代の寵児になる。彼らの台頭と歴史の転換は呼応する。
同時代のグローバル化する世界を肯定するアートは、国際的な拝金主義というメガ宗教の象徴である。それらのアートの特徴は国や民族の違いを明確した作風が多いということ。アジアにおいても、日本人は日本人らしさ、中国人だったら中国人らしさが作品に要求された。その国々の違いを明確にすることは国家というシステムを際だたせるに終わる。オリンピックの開会式のように。その中では、概念を拡大したものが大量生産されることの繰り返し。よって、それらはグローバリズムに人々が飽きた頃にはフィニッシュしているか、東京タワーのペナントになる。今はそれで良い。けれど、飽きられ始めていると感じている。間違いない。
そんな中、生い立ちからなるIDを出来る限り微分し、捨てられるものは廃す。各々のアーティスト個人が生まれながらに持つ自然な品や生きていく中で手に入れた貴重なものを尊重する、巨大な反動がカウンターとなるはずだ。無国籍な個性のアートの誕生だ。それはグローバリズム完成後にしかなしえないが本質的なアートが持っていたドグマに向かった健全さを蘇生させるどころか寄り深く突っ込むことになる。
それに見える文化の変化が追随する。
アートの発展はそれまでのアートの潮流にピリオドを打つことで始まる。ピリオドを打つテロリストはクーンズやウォーホールのように時代の寵児になる。彼らの台頭と歴史の転換は呼応する。
同時代のグローバル化する世界を肯定するアートは、国際的な拝金主義というメガ宗教の象徴である。それらのアートの特徴は国や民族の違いを明確した作風が多いということ。アジアにおいても、日本人は日本人らしさ、中国人だったら中国人らしさが作品に要求された。その国々の違いを明確にすることは国家というシステムを際だたせるに終わる。オリンピックの開会式のように。その中では、概念を拡大したものが大量生産されることの繰り返し。よって、それらはグローバリズムに人々が飽きた頃にはフィニッシュしているか、東京タワーのペナントになる。今はそれで良い。けれど、飽きられ始めていると感じている。間違いない。
そんな中、生い立ちからなるIDを出来る限り微分し、捨てられるものは廃す。各々のアーティスト個人が生まれながらに持つ自然な品や生きていく中で手に入れた貴重なものを尊重する、巨大な反動がカウンターとなるはずだ。無国籍な個性のアートの誕生だ。それはグローバリズム完成後にしかなしえないが本質的なアートが持っていたドグマに向かった健全さを蘇生させるどころか寄り深く突っ込むことになる。
それに見える文化の変化が追随する。
by wasurerare
| 2010-11-15 03:19
| Ikoi_Girl__憩娘